« 2011年2月 | トップページ | 2011年4月 »

2011年3月

2011年3月 2日 (水)

新しい道へ

最近、龍と黒ずくめの男についての記事を書きました。それらは感情と理性を具現化した話として書いてみたわけですが、それを書いている時に、このどちらもエゴであるということに気が付きました。そして私の今までの生き方はこのエゴの声を聞いたものがほとんどで、その声が本当の私であるかのように生きてきました。でも、この数週間でその生き方を変えてみようと決心しました。
私は自分に厳しい人間です。そして、他人にも厳しい人間です。だから赦すということをなかなか出来ません。また、したくもなかったのだと思うのです。なぜなら、人を批判することは優越感に浸れるし、他人を批判することで自分は正しいのだと遠回しに自分にも他人にも賛同してもらえるし、他にも理由は沢山ありますが、つまりは私は人を批判したかったのです。だから批判できる環境に身を置いていたのです。その環境を嫌だ嫌だと口では言いながら、批判できる環境を求め、喜んでいました。この批判をしたがっているのがエゴです。私の場合のエゴは自分に自信がない時に特に膨れ上がります。そうして批判ばかりし始め、自分の正しいことを証明したがります。私はそのことに気付いた時、とても悲しくなりました。自分の生き方があまりに低レベルで落ち込みました。そんな時、職場を変えることにし、次にどこで何をしようか考えました。考える中で、私はずっと、やりたいことを職業にしたいと思ってきたはずなのに、いざその環境を提示されたら尻込みしている自分に気が付いたのです。その理由を突き詰めていった結果が、「もう批判することができなくなるから」という、本当にここに書くのも恥ずかしくなるほどの結論でした。それはエゴの考え方だとわかっても、新しい考え方を選択するまでには時間がかかりました。「ずっと私(エゴ)の考え方で生きてきたのに、それをやめるの?そんなことしたら、今までの生き方を否定することになって苦しむことになるよ」とエゴの声が言いました。少し落ち込んだけれど、今までの生き方は一生懸命にしてきたことだもの、それがその時の精一杯だったと受け入れることにしました。次に「批判できなくなったら辛いよ、いつも素敵でいるなんて無理だよ」とエゴが言いました。いつも素敵な状態を最初から保つのは難しいかもしれない、けれどその状態でいられる時間を長くしていこうとするだけでも違ってくるはず。そうエゴに言いました。まだまだエゴは頑張ります。「あなたはもともと批判したい低レベルな人間なんだよ」。その声が聞こえた時は涙が止まりませんでした。ああ、私はこうやっていつも自分を蔑んでいたんだ。その呪縛から解き放たれたくて人を批判していた。ごめんなさい、と思いました。そして、自分に自信が持てなくて、自分を愛してあげられなくて赦してあげられなくて、ごめんなさい・・・私の中のエゴはとても怯えました。自分の居場所がなくなる、自分の存在意義がなくなる、なんとか説得しなければ、と。色んな恐れを生み出してみたり、怒ってみたり、エゴは頑張ってみたものの、それを愛の視点で一つ一つ解決することを繰り返した結果、ようやくエゴはしぶしぶ「見捨てたり否定したりしないなら、愛の言うことも少しは聞いてあげてもいいよ」、と反抗期の子供のように言いました。批判は他人を批判しているようで、本当は自分への批判なのです。だから批判すればする程、自分が傷ついているのです。でもそれも、自分に自信がないから他人を低めようとする単純な行為の表れなのです。私は自分に自信が持ちたいのです。自分で自分を素敵だねって言ってあげて、喜びと愛と幸せに包まれた人間になりたいのです。だから、私はエゴではなく、魂の望む方へ進むことを決めました。変わるために、新しい一歩!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年2月 | トップページ | 2011年4月 »